重層的なリアルが紡ぐ物語 ―『三月のライオン』5巻のすすめ―
羽海野チカが描く漫画ってとってもリアルだと思うのです。
それは描写が現実に近いというよりも、
読了後に心の奥底がこれでもかと揺さぶられるという意味で、
なんかリアルに届くというくらいの意味なんですが、
将棋界という特殊な世界を描いた『三月のライオン』を読んでると、
重層的にリアルさが積み重なっている物語ような気がしてきました。
そこで今回は、先日発売されたばかりの『三月のライオン』5巻を例にとって、
羽海野チカの描くリアルな物語の魅力についてちょっと考えてみました。
- 作者: 羽海野チカ
- 出版社/メーカー: 白泉社
- 発売日: 2010/11/26
- メディア: コミック
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1.将棋のリアル
5巻において最も印象に残ったシーンの一つとして、
隈倉9段が一気にケーキを3個手掴みで食べるシーンがあります。
迫力のある絵だったので、印象に残りやすいのではないでしょうか。
将棋に詳しくないと「なぜここでケーキ?」と思うかもしれませんが、
将棋ファンならこのシーンはクスクス笑えるシーンなのです。
というのも、実際のタイトル戦においてもおやつは注目度の高いもので、
誰が何を食べるかには定番があったり、
「おお、今回はいつもとおやつが違うぞ!」とか言いながら楽しむものなのです。
例えばこんな動画もあります。
また、三月のライオンには監修の先崎8段による解説コラムが付いていますが、
今回はこのおやつのエピソードにも丁寧に触れられていました。
そして、脳を使うことによるエネルギー消耗について科学的に説明するシーンでもあります。
以上から考えると、このシーンは
1.実際にケーキを食べる絵の迫力がすごい
2.将棋界では注目度が高いおやつに着目した
3.コラムにおいてそのことを解説
4.科学的に脳を活発に働かせることによるエネルギー消費を説明
という四点が合わさっているわけで、
このシーン一つをとっても複層的にリアルさが構築されているのがわかります。
また、このケーキのシーン、絵は迫力があってシリアスだけど、シーンとしては比較的コミカルなのもポイントで、
他にも宗谷名人が島田8段を四タテしたにもかかわらず実は消耗度が激しかった事が示唆されていたりとか、
負けても悠然としていた隈倉9段が実は旅館の壁を蹴り壊していたシーンが描かれたり、
天童の人間将棋など比較的面白いエピソードについても詳しく描写していたりと、
シリアスとコミカルの両面から将棋界のリアルに迫る描写が行われているような気がします。
個人的には新人王戦のことで二階堂に突っ込まれる零が実に将棋バカで可愛かったと思いますw
2.日常生活のリアル
『三月のライオン』は将棋のシーンだけでなく、
日常生活のシーンもしっかり書かれていますが、
5巻では零とひなの学校でのエピソードが詳しく書かれました。
『三月のライオン』のテーマは、
「零という天才棋士の孤独とふれあい(邂逅)」だと思いますが、
今回は零が学校や将棋イベントを通じて他人と通じあうシーンが描かれていた一方で、
ひなが学校において孤独の恐怖に直面する描写がなされました。
隈倉9段のケーキと並んで、ひなの泣き顔は圧倒的なインパクトでした。
個人的に泣き顔がしっかり描ける漫画やアニメは素晴らしいと思うことが多いのですが、*1
今回のひなの涙も過去の名作に勝るとも劣らない濃密な描写で、
ひなの想いがとってもリアルに伝わってきました。
また、このシーンが重要なのは、
ひなの涙を通じて過去の零が救われるということにあります。
救われるというといい過ぎですが、『ハチクロ』の時以上に、
人とのつながりやふれあいが重視されている
ことを示唆してるシーンだとはいえないでしょうか?
単なる零という棋士個人の内面描写だけでなく、
三月町や学校という舞台において、
他人と一緒に生きていくことの意味がしっかり描かれている点でも、
『三月のライオン』の日常生活の描写は重層的にリアルです。
後、青春時代のちょっぴり甘いほろ苦さを、
3.まとめ
このように『三月のライオン』では、
将棋と日常生活の描写が重なりあいつつ、
また、それぞれの中身が重層的に描かれることで、
読者の心に届くリアルな物語が紡がれているのではないでしょうか。
特に5巻では日常のエピソードで将棋のエピソードを挟み込んでいたり、
コミカルな描写とシリアスな描写で緩急をしっかりつけることで、
登場人物の感情の動きをよりダイナミックに体感できる構成にもなっていると思います。
今回記事では拾いきれなかった香子と後藤のエピソードなど男女関係も気になりますし、
今後も読者の心をリアルに動かしてくれる物語に期待したいと思います。
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