今、最も勢いのある少年漫画といわれれば、
『進撃の巨人』と即答する人も結構いるのではないでしょうか?
レスター伯の躁鬱でも2010年を振り返る際に少しふれましたが、
いずみのさんの記事を読んで、うちでも改めてを紹介したいなあと思いました。
というわけで、作者諌山創のインタビューにも触れつつ、
エレンを中心によりプリミティブな『進撃の巨人』の魅力について書いてみます。
参考:本当に読みたい『進撃の巨人』レビューとは?―ピアノ・ファイア
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1.「少年漫画」としてのプリミティブな魅力
『進撃の巨人』が『別冊マガジン』に連載中の「少年漫画」である点は忘れられがちな点です。
編集部も三巻の帯で「21世紀の王道少年漫画」と書いてますしね。
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ただ、いずみのさんが指摘しているように今の30代〜20代が慣れ親しんだ、
(ジャンプ的な)少年漫画とはテイストが少し違うのも確か。
『進撃の巨人』で連想するのはオイルショックや冷戦期で象徴されるような70年代の少年漫画なんだと思います。
具体的には楳図かずおの『漂流教室』であり、永井豪の『バイオレンスジャック』でしょう。(中略)
割れるバリアのある秘密基地、マッドサイエンティストの家父長がプレゼントするスーパーロボット……
庵野秀明がエヴァでリスペクトを捧げた作品のひとつ、『マジンガーZ』(1972年〜1973年、週刊少年ジャンプ)ですよね。
本当に読みたい『進撃の巨人』レビューとは?―ピアノ・ファイア(強調はレスター伯による)
ここらへんは以下のTogetterのまとめも参照にしてほしいのですが、
『進撃の巨人』という作品はここ20年くらいの「少年漫画」の流れとは少し異なるものの、
70年代あたりの伝統にはきちんと掉さしており、
そのうえで「少年漫画」の定義を今一度問い直す作品であると言えるかもしれません。
参考:『進撃の巨人』エントリ投稿後のやりとり―Togetter
70年代の「少年漫画」と80年代の「少年漫画」を見比べてみるための下調べ―Togetter
「少年漫画」の歴史について詳しく書きだすと一つのエントリでおわるわけがないので、
ここでは詳しく書くことはしませんが*1、
僕がここで言いたいのは、『進撃の巨人』が「怖い」とか「下手うま」のような言葉で語られるのは、
そうしたプリミティブな感覚を読者に強烈に突きつけるような漫画に仕上がっているからこそではないかということです。
巨人の正体や塀に囲まれた世界などの設定にも知的好奇心をくすぐられますが、
そうしたものを一端置いておいても子供にガツンとした衝撃を与えることができる。
最もシンプルな構図の部分で十分にインパクトがあることは、
『少年向け漫画』として連載していく上で重要なポイントでしょうし、
『青年向け漫画』ではないからこそ、
巨人の描写を含めてプリミティブな面を前面に押し出せるというのはあるのではないでしょうか。
2.主人公エレンの魅力
こうしたプリミティブな構図を巨人とともに引っ張っていくのが主人公のエレンです。
エレンの魅力については既に書きましたし、いずみのさんの記事でも引用されているので、
改めて長々とは書きませんが、
エレンの魅力は能力よりも意志の強さと仲間を信頼する心の強さ。
3巻のアルミン説得シーンほどしびれるカットはなかなかないですよ。
エレンは一見すると典型的なスーパーロボット物の主人公って感じがするのですが*2、
特にエレンを導くようなキャラもライバルもいないこと、
また、物語の初めから一貫して外への興味と巨人に対する敵愾心が強い点などで、
結構ありそうでなかったキャラ造詣な気がするんですよね*3。
エレンはそうした主人公の系譜を引き継ぎつつも、
「純粋・熱血・バカ」とはまた違った要素も持っているのだと思います。
たぶん、そこは僕がミカサが可愛いなあと思いつつも、
この物語をボーイ・ミーツ・ガールの物語として読んでないことにも起因するわけですが*4。
この点については、作者諌山創と関連して考えてみたい問題です。
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3.諌山創の分身としてのエレンと「目的が手段を従えるヒーローの物語」
先週発売された週刊プレイボーイの2011年No.9には、
作者諌山創のインタビューが掲載されていました*5。
幼少期のことからデビューに至る経緯などを中心に構成された2ページのインタビューからは、
デビューする際に「巨人をもっと怖く」と編集部に言われて、
「見た目は人間がそのまま大きいほうが気持ち悪い」という発想になったなど、
作品のエッセンスに関する情報が読み取れるだけでなく、
「漫画にしがみつくしかない」と思いつつも、
自分に自信を持っているわけではなく「自己評価は低い」と言ったりと、
ネガティブな性格が見え隠れする作者像が伝わってきます。
ただ、諌山創は「自分の力を誇示」するつもりがないから好き勝手描けたといいつつ、
次の様にも言っています。
結局その、運としかいえないと思うんです。才能があるっていっても、それすら運じゃないかと思うんで。何を言っても運としかいえない。この世界に運以外のものがあるとしたら、それは“やる”か“やらない”かだけ。やって運がよければ、うまくいくだろうし、悪ければダメですし。でも、やんなければ何もない。それだけだと思うんです。
(「最注目漫画家インタビュー 諌山創」『週刊プレイボーイ 2011年No.9』強調はレスター伯)
この部分を読むとエレンという主人公が諌山創の分身だなあと思うわけですよ。
始めは何となく「若い世代の作家だなあ」とか、
「実は引っ込み思案なんだ、意外」とか感じるわけなんですが、
段々と「漫画にかける想いとそれを支える前に行く意思の強さ」がすごい伝わってきます。
諌山創はエレンほど熱血で喧嘩っ早い訳ではないけど、
プリミティブな目的(漫画を描きたい)に駆動されてそこからぶれていない。
「『結局は運』だといいつつ、だけどやらなければ『運』がいいかもわからない」
とはっきり言い切るのはなかなか難しいことですよ。
エレンの力は父親によって与えられたものであり*6、
この構図はロボット物を中心によく見受けられる設定なわけですが、
アムロやシンジのように状況に巻き込まれたタイプとも違うし、
エレンは決断を迫られたのでもないし、力を得ることで目的を得るわけでもなく。
あくまでも始めから目的に向けて突き進んでいく中で、手段である力が後から付いて来ています。
もちろん先に父親がエレンに力を与えている訳ですし、
もし無気力状態で巨人に食べられていても力は発現していたのかもしれませんが、
少なくとも諌山創は目的が手段(力)に先行する形でエレンを描写しています。
これは個人的には結構重要な点だと思っていて、
『進撃の巨人』は「手段が目的に先行する(手段によって目的が明確化していく)物語」ではなく、
明確に「目的に向けて突き進む中で手段を得る物語」になっていると言えるでしょう*7。
つまりエレンのキャラで重要なのは、
「夢≒目的」に対する妄信的なまでの想いの強さが、
「力≒手段」よりも常に上位にあるという点です。
この点でぶれないからこそエレンは力を得る「運」に恵まれた訳であり、
今後様々な困難にぶつかって揺れ動くこともあるでしょうが、
エレンはきっと最後までまっすぐに突き進んでくれるでしょう。
そうすることで、ルルーシュや月とは違った結末を迎えることができるのではないか、
そういう希望や祈りにも似た期待を込めて僕は読んでますし、
また、ミカサというヒロインがエレンにゾッコンなのも納得がいくわけですよ。
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こうした諌山創による主人公エレンのキャラクター描写の在り方は、
70年代の少年漫画の文脈とも、
80年代以降発展してきたロボット物を中心とした主人公の文脈とも絡み合いながら、
どこか懐古的なんだけど新しい10年代のヒーロー像を象徴しているのかもしれません。
また10年代のヒーローという視点から考えると、
『バクマン』の主人公二人とエレンを比べてみたり、
「純真さ」や「目的>手段の徹底」という意味で『サクラダリセット』の主人公ケイとも併せて考えてみても面白いのかもしれません*8。
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4.まとめ
諌山創は絶望的な物語を描きつつ、
同時にエレンに自分の「夢」を託すことで希望を描こうとする強い意志を感じます。
こうまとめてしまうと、すごく当たり前のことを言っているようにしか見えませんが、
でも、ここまで当たり前のことを当たり前に描くのは一筋縄ではいかないわけです。
ドキドキしながらページをめくる感覚、主人公に没入しながら一喜一憂する感覚、
そんなプリミティブな感覚を持って読める『進撃の巨人』は
僕の中で最高の「少年漫画」なんです。
出来たら、現役の小学生や中学生がどんな風に読んでいるのか聞いてみたいですね*9。
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追記
エヴァの系譜やヒーローという意味と合わせて作品のテーマを考えたときに、
主題が個人の内面の葛藤ではなく、
絶望的な状況という外部の要因に囲まれた中で、
それをいかに突き抜けていくかに焦点が当たっている点が
一回転した新しさなんですよね。
くそったれな世界に対抗するのは力を得てからですが、
エレンはたとえ生身でも関係なくいっちゃいますからw
ここらへんはヤツさん(id:y2k000)さんの考察を参照もらえれば寄り明確になるかなと。