レスター伯の限界

気付いたらVtuberになってた

【12/31(金)】コミケでサークル敷居亭新刊「敷居の部屋の転進」が出るよ【東地区K-33b】

完全に年末仕事仕舞いモードです(挨拶)

 

ちょくちょくYoutubeの配信では話したりもしていたのですが、サークル敷居亭の新刊『敷居の部屋の転進』を12/31のコミケで頒布します。

 

 

今回は2020年2月に実施した現ブシロード(元バンナム)の田中ブンケイ氏へのインタビュー書き下ろし+くらふとさんによる再現マンガを収録しています。

*注:「当同人誌はブンケイさんのインタビューを元に敷居亭のたいとくが編集を行っており、実際の個人や企業の見解とは大きく異なる場合があります。ご了承下さい」

 

ちょうどCOVID-19が本格化する直前に行ったインタビューで、昨年の夏コミで出す予定が延期の連続で今回での頒布になってしまいました。僕もインタビューには聞き手として参加し、文章の編集にも関わっていますが、TCGの話だったり、アイマスDSの話だったり、ブンケイさんのキャリアの話だったりかなり濃い内容になっています。

前作『敷居の部屋の旋回』に引き続き、おっさんになってきたオタク立ちの生き方というのが一つのテーマになっており、人生の大先輩ブンケイさんへのインタビューは非常に楽しいものでした。もっと早く頒布する機会があれば良かったのですが(一部話題については少し旬を過ぎてしまった物があり)、普遍的に大切にすべき感覚の話が出来ているのではないでしょうか。

 

 

ブースは12/31(金)に東K-33bです。今回はコロナもあり、関西勢の僕も敷居さんもたいとくさんも直接参加できないのですが、編集作業を手伝ってくれ、いち早く告知記事を書いてくれたlastlineさんが売り子として参加してくれる予定です。年末にリアル「ねないこだれだ」されたい人たちは是非ご参加ください。まんだらけでも依託販売予定にはなっております。


 

 

ありがとうコントレイル、ありがとう福永祐一 ―とある競馬ファンが見てきた福永祐一四半世紀の軌跡―

こんなに自然と涙が出てきたのは2018年のダービー以来だよ...(挨拶)

 

昨日行われた2021年ジャパンカップにおいて、コントレイルが見事に勝利を勝ちとり引退の花道を飾りました。日本競馬史上三頭目の無敗の三冠馬が、その実力を遺憾なく発揮した素晴らしい競馬でしたし、個人的に一番みたいコントレイルの姿を最後に見れて本当に良かったと思います。

 


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ただ、個人的にはゴール直後、これまで見てきた中も最も感情を露わにする鞍上福永祐一の姿をみて、テレビの前で同じように涙があふれてきました。その後のインタビュー、一つ一つの言葉に込められた重みにその涙は更に加速しました。引退式の矢作先生の言葉、前田オーナーのメッセージ、その全てが重く重く心にのしかかってきました。

こんなにも強くて、こんなにも頑張り屋な馬で歴史に残る名馬に出会えたこと、そしてその鞍上に福永祐一の姿があったこと。


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1996年3月2日のデビュー時からずっと見続け、応援し続けてきた福永祐一というジョッキーの歴史は僕自身の競馬ファンとしての歴史とガッツリ被るものであり、自分がこの目で見てきた競馬の歴史は、すなわち福永祐一を応援し続けた歴史に他なりません。そこで、そんなある競馬ファンが自分の目を通して見て、自分の中に蓄積してきた福永祐一の歴史をこの素晴らしいコントレイルの引退レースを機にまとめて見たいと思います。

この後書かれる文章は客観的な歴史というよりは、むしろ自分史・自分語りのような物です。書きたい、書き残さないといけいないという衝動のままに書いている文章であり、まとまりがないかもしれません。しかし、書き残さずにはいられない文章、もっといえばラブレターであり、競馬を好きになり競馬を見続けること、あるジョッキーを応援為しけることがどんなに素晴らしい体験をもたらしてくれたのか、そんな個人の想いを文章として残したい。

僕と同じ位の競馬歴の方も、ウマ娘から入った新規の競馬ファンの方も、ご一読いただければ幸いです。

 

目次

1.競馬にハマった田舎の中学生と福永祐一の出会い

2.恩師に支えられ積み重ねた経験

3.スタイルの模索と新たな仲間との出会い

4.福永祐一とダービー

5.コントレイルと駆け抜けた軌跡

 

 

1.競馬にハマった田舎の中学生と福永祐一の出会い

1996年3月2日、中京競馬場において福永祐一(以下ユーイチ)は華麗なデビューを飾ります。第2Rでマルブツブレベストに騎乗し見事にデビュー戦を勝利。続く第3Rでも勝利を飾り、デビュー2連勝というこの上ないジョッキー人生のスタートを飾りました。この連勝で天才福永洋一の息子に対する競馬ファン、メディアの期待も一気に高まりました。

 

最初に少し自分の競馬ファンとして歴史の話をしておくと、なんとなく競馬を意識したのが90年有馬記念オグリキャップ、リアルタイムにみて記憶にある最初のダービーが93年のウインイングチケット。そして競馬にどっぷりハマるきっかけになったのが93年有馬記念トウカイテイオー奇跡の復活と翌94年ナリタブライアンの三冠達成。ウマ娘の始まった今年の競馬も大概凄いドラマの連続でしたが、93年~94年の競馬というのもウマ娘2期のアニメが示しているようにドラマの連続で、田舎の中学生が競馬にハマるには最適の時期だったと言えます。

その後、多分同年代の競馬ファンと同じようにウイニングポスト、ダ-ビースタリオンをやりこむ中で競馬にハマっていきます。これらのゲームが大きかったのは、今思うと血統という沼に引き込まれたことと、もう一つは友達を競馬に引き込むきっかけになったことだと思います。ゲームを通じて競馬仲間が増える、これはウマ娘が流行っている今と同じ流れだなと改めて感じます。競馬をコミュニケーション言語として使える様になる上でゲームの果たした役割は大きく、当時友達と「ナスルーラのクロスは気性難になるけどやっぱりスピード上げるには必要だよな」みたいな会話が出来たのは確実にダビスタのおかげであり、そのなれの果てがわぁドレ血統研究所でひたすら5代血統表をみて解説するおじさんの姿なのです。

 

そんな田舎の中学生が本気で競馬にハマっていった結果、競馬仲間と競馬雑誌(優駿サラブレ)を回し読みし、なんちゃってPOGや架空G1予想バトルを始めたのが96年、そう福永祐一がデビューした年でした。この年の競馬はサンデーサイレンス2世代目、バブルガムフェローが大好きで、フサイチコントルドをなんちゃってPOGで指名した僕としては一番好きなクラシック世代であり、本格的に競馬にのめり込むタイミングでした。そんなタイミングで鮮烈なデビューを飾ったのが福永祐一だったのです。

デビュー当日夜のNHKサタデースポーツ、G1でもないのに競馬のコーナーが組まれ、ユーイチのデビューは大々的に報じられました。そんな番組構成の中でデビュー2連勝、スターの証といえるかもしれませんが、個人的にはウルフルズの「ガッツだぜ」が好きで、曲を背景にはにかみながら笑うユーイチの姿に、ああ、なんか応援したいなという想いが浮かんで来ました。

自分より少しだけ年上のアスリート、競馬に本格的にのめり込み始めた中学生が親近感を持つ対象としてユーイチのファンになっていったのです。天才福永洋一の息子としてではなく、自分と新世代の初々しいジョッキーとしてのユーイチを応援しよう、それが最初の出会いでした。

 

 

2.恩師に支えられ積み重ねた経験

デビュー2年目夏にシルクフェニックスエンプレス杯に勝利し中央地方交流競走で初重賞を制した後、秋に初めて中央の重賞(東スポ杯)を制したのがキングヘイローでした。首の高い走りながらも鋭い末脚で差し切ったレースは今でもよく覚えていますが、キングヘイローについては他の方も色々語られているのもありますし、今回はあまり語りません。

ダービーでユーイチの頭が真っ白になったときにファンとしても同じく唖然としてしまったこと、何度か下ろされてはまた鞍上に戻ってきたけどあと一歩でG1には届かなかったこと、そしてキングヘイローの初G1となった高松宮記念では2着デヴァインライトの鞍上にいたこと......悔しい思いでばかりが浮かんで来ますが、もう一つキングヘイローで覚えているのはキングヘイローが引退して栗東を去る日に、ユーイチが坂口厩舎にやってきて一緒に見送ったということ。この義理堅さというか、思い入れの深さが多分ジョッキー福永祐一の一番の根幹にある物だと思うのです。

 

そんな意味でここで語りたいのは北橋修一と瀬戸口勉という2人の恩師の事です。ユーイチは北橋厩舎の所属ジョッキーとしてデビューし、北橋先生の引退まで一貫して北橋厩舎の所属であることを貫いていました。父親洋一の盟友であり、洋一の事故以来、子供の頃からユーイチの第2の父親として支えてきた北橋先生は、ジョッキーとしてのユーイチを厳しくも優しく支え続けてくれました。自厩舎の有力馬に乗せ続けるだけでなく、他厩舎の有力馬から依頼があった際にはそちらを優先するようにいい、ユーイチが大きな舞台を経験できるようにお膳立てをしつづけてくれました。

ユーイチと言えば新馬戦に滅法強く、若駒を育て上げることに定評があるジョッキーですが、実はG1を勝った馬にデビューから引退まで乗り続けたことは殆どありません。コントレイルですら東スポ杯は(騎乗停止があったとはいえ)ムーアに鞍上を譲っています。そんなユーイチのジョッキー人生の中で、数少ないデビューから引退まで乗り続けた馬、それが北橋厩舎のエイシンプレストンです。

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2001年の香港日本馬3連勝の立役者の一頭であり、QE2世カップ連覇など、香港に滅法強かったエイシンプレストンですが、そのプレストンのデビュー戦から手綱をとり続けたのはユーイチでした。新馬戦こそダイタクリーヴァに負けましたが、折り返しの新馬戦で勝利するとその勢いでいきなり朝日杯3歳S(現朝日杯FS)で勝利。3歳になってからも距離延長のきさらぎ賞は負けたものの、マイル戦のアーリントンC、NZTは連勝し、NHKマイルCでは一番人気間違いなしという馬でしたが骨折が発覚し回避。秋になって復帰するも結果がでず、マイルCSでは同期の変態、アグネスデジタルの勝利を5着の位置から見守ることになりました。

その後もなかなか勝てないレースが続く中なんとか立て直して再び万全の状態でマイルCSに望むもこれまた同期のゼンノエルシドをゴール前捉えきれず惜しい2着。なかなかG1を勝てない馬というイメージが付いてきたのでした。


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当時のユーイチというと、初G1になったプリモディーネ桜花賞の様に華麗な勝利もありましたが、どちらかというと大舞台で勝ちきれないジョッキーというイメージをもった人も多かったのではないでしょうか。特に人気馬に乗ったときにはどうも力を出し切れない。そのイメージはエイシンプレトンでも同じ感じでした。

そんなエイシンプレストンが覚醒したのが香港。マイルCS2着から臨んだ香港マイルを快勝、翌年のQE2世カップではアグネスデジタルにリベンジ。さらに翌年のQE2世カップでは香港馬の厳しいマークにあうも完璧な騎乗で連覇達成。香港競馬における日本馬の代名詞的存在になったのでした。

この2度目のQE2世カップの後にはTVの企画の中でどういう作戦をたてて、そのイメージ通りの乗れたのか語っており、これが今の「教えて福永先生」の原型になっているんだなと思います。この頃から戦略型のジョッキーというのは変わっていません。

 

こんな形でなかなか勝てなかったエイシンプレストンとともに香港という舞台で輝いたユーイチは経験を積み重ねていきます。それを北橋先生とともに支えたのが盟友瀬戸口先生でした。オグリキャップでおなじみの瀬戸口先生も自厩舎の有力馬にはユーイチを乗せ続けました。もちろん、エイシンチャンプネオユニヴァースのどちらを選択するかという一件があり、先約を優先するスタイルのユーイチがエイシンチャンプに騎乗し将来のクラシック2冠馬を手放すということもありましたが、トータルでみると瀬戸口厩舎の馬がユーイチにもたらした経験は非常に大きな物だったと思います。

この2つの厩舎の強烈なバックアップを受けて大きく飛躍することになるのが福永祐一のジョッキーとしての第一期であり、その土台の上で2005年の大躍進(ラインクラフトシーザリオなどでG1を5勝、重賞16勝(現在でも自己最多)、初の年間100勝達成)があったのだと思います。


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3.スタイルの模索と新たな仲間との出会い

そんな飛躍の第一期の最後を経て、ユーイチは大きな転機を迎えます。2人の恩師の引退、フリーへの転身です。先約を優先する主義を貫き、さらにデビュー時から騎乗馬をじっくり育てていくスタイルのユーイチにとって、優先的に騎乗馬を回してくれる2人の引退は非常に大きかったと思います。

元々ユーイチは騎乗技術が高いジョッキーとはいわれていませんでした。ユーイチがデビューした90年代後半に栗東で騎乗技術が高いジョッキーと言えば天才武豊の他に、四位洋文(現調教師)や藤田伸二、そして父洋一の次に天才と言われた田原成貴でした。田原、四位、藤田の3人はユーイチにも目をかけてくれていましたが、一方でその技術のつたなさには度々言及しています。

ユーイチは身体、特に股関節が硬く、田原や藤田らは何度かそのことに触れています。実際にユーイチは巧みな騎乗技術や豪腕で差し切るといったようなハッとさせられるような勝ち方は殆どしておらず、むしろダイワエルシエーロオークスでの見事な逃げ切り勝ちのように頭を使って戦略的に勝つタイプで、それがハマらないこともしばしばあるジョッキーでした。

 

そんな苦境に立たされた第二期のユーイチがとった選択肢が、自らの騎乗スタイルを一から見直すことであり、そのためにコンタクトをとったのが藤原英昭調教師でした。藤原調教師の弟は奇しくも北橋厩舎の所属でエイシンプレストンの担当助手でした。そのツテをたより、馬術競技の高い技術を持つ藤原調教師の元で一から騎乗技術を磨き直すのでした。その縁もあり、徐々に藤原厩舎の主戦級のジョッキーになっていったユーイチが今年のダービーでシャフリヤールに騎乗し勝利したのはみなさんの記憶にも鮮明に残っているのではないでしょうか。

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こうして藤原調教師の下で新たな騎乗スタイルを模索する中で、他にもユーイチを支えた若い世代の調教師達がいました。シーザリオ以来、ユーイチを主戦ジョッキーの1人として起用した角居調教師はもちろん、角居先生と同じく松田国英調教師門下だった友道調教師、そして矢作調教師です。

個人的にはあと一歩の所でG1を勝ちきれなかったサクラメガワンダーの思い出が強く、5歳になってからユーイチを起用しつづけて中長距離路線を戦い続けていった姿は、今現在の中長距離の友道厩舎の原点になっているような気がします。

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2000年代後半というのは勝ち星も減り、G1・重賞勝ちも減っていた時期でしたが、この時期に若手調教師達との間に築き上げていった関係性が今の飛躍に繋がっているのは間違いないでしょう。こうしたコツコツと地道に積み上げていくスタイルは、実にユーイチらしいと感じますし、友道先生や矢作先生もこうしたユーイチの人柄・スタイルに共感して、自厩舎の有力馬を一緒に育て上げることを選択していったのではないでしょうか。この苦節の時期にも福永祐一というジョッキーの泥臭く、実直なスタイルが現れていて、自分の中でより一層好きなジョッキーになっていきました。

 

 

4.福永祐一とダービー

福永祐一というジョッキーが大舞台に弱いイメージがあったというのは既に書きましたが、それが最も出ていたのが牡馬クラシック、特にダービーです。キングヘイローでの自滅に始まり、ワールドエースエピファネイアリアルスティールと人気馬にのっても勝てないレースが続きました。2着になったのもウオッカのダービーの歳に人気薄で逃げ粘ったアサクサキングスで、そういう意外性での好走の方がユーイチらしいなというのが当時の素直な感想でした。

とはいえ、ファンとしては非常に忸怩たる思いで毎年ダービーをみていました。特にエピファのダービー。向こう正面で躓いたときに「なんで...」となり、直線でなんとか抜け出して先頭に立ったときにやっと勝てるかと思うもキズナに差し切られ二着。あのゴール板の前でがっくり頭を下げる姿は本当に目に焼き付いてます。なんで、勝てないんだ、もう一生ダービーは勝てないんじゃないか、そんな思いがしたのをよく覚えています。


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エピファに関しては菊花賞で見事に勝利し、初めての牡馬クラシック勝利を掴みましたが、翌年のJCの勝利時に鞍上にいたのはスミオンであり、ユーイチは2着のジャスタウェイの鞍上からその姿を見守ることになりました。キングヘイローディヴァインライトの時から続けて2回目です。

本当にユーイチは大舞台では主役になれないジョッキーなのではないか、脇役的に華麗な勝ち方をすることはあっても、武豊の様に本当のスーパースターになれないのではないか......馬の事、そして人間関係を何よりも大事にし、実直に努力する職人の様なジョッキーであり、天才福永洋一のようにはなれないのは仕方ないのではないか......そんな事を感じて、少し競馬から距離を置くような時期が僕にとっての2010年代中盤の競馬でした......


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そんな感じでなんとなくぼんやりと重賞だけは見るかというスタイルになっていた2017年夏、一頭の馬のデビュー戦がnetkeibaで取り上げられていたのが目につきました。そしてレース映像を確認し、もしかしたら、今度こそこの馬とならダービーを勝てるのではないか......そんな馬が現れました。そう、ワグネリアンです。

ワグネリアンは2戦目の野路菊Sも圧勝、3戦目は嘗てキングヘイローと共に初重賞勝利を飾った東スポ杯。名馬モーリスの弟ルーカスとの対決も圧勝したワグネリアンは名実ともに翌年のダービー候補の一番手に名乗りを上げました。

しかし、やはりワグネリアンも一筋縄ではいきませんでした。年明け初戦の弥生賞では朝日杯FSの勝ち馬ダノンプレミアムに完敗。ダノンプレミアムが回避した皐月賞では押し出されるように1番人気になるも、7着に惨敗。やはり今年もダメなのか......そんな事を思いながらダービーを迎えました。

 

ダービー前、枠順が発表された際、8枠17番、内枠が絶対有利なダービーでこれは致命的でした。「無理や、ユーイチがこんな逆境跳ね返せないよ...」正直こんなことを思いつつも、人気だったダノンプレミアムも、ブラストワンピースもローテー的に隙がありそうだからワンチャンあるかなと思い、皐月賞エポカドーロとの馬連を手にダービーの時間を迎えました。

外枠スタートながら思い切って出していくユーイチ。追い込みに近い差し馬で、強烈な末脚を東京でならいかせるかという周囲の予想を裏切り、まさかの先行。戦略のユーイチらしいといえばそうですが、長年ファンとして見守ってきた経験は「人気馬での積極策はことごとく失敗しているんだけど......」と正直なりました。それでも、VTRを見ればわかりますが、落ち着いて2コーナーで折り合いを付け、内を走る有力馬の進路を封じつつ、直線では絶好の追い出し。最後に粘るエポカドーロを競り落とした所がゴール。遂にユーイチがダービーを勝つ瞬間を見守ることが出来ました。


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この時、直線に入ってから、正直実況の声は頭にはいってきませんでした。もうひたすらTVの前で絶叫していました。「差せる!いける!勝てるぞ!いけー!」デビューから見守ってきた22年分の想いが口から自然と出ていました。そして1着でゴールを駆け抜けた瞬間、「嘘だろ、勝っちまった。ユーイチが勝ったよ、ダービー!」ウインイングランでゴーグルの裏に涙を流しているのが明かなユーイチを姿をみて、本当に本当に嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。ずっと競馬を、ユーイチを見続けてきたよかった...本当にありがとう...そんな気持ちであふれていました。

 

そしてこのダービーの勝利が福永祐一というジョッキーを大きく変えてしまったかのように、その後大活躍をしているのはみなさんもご存じの通りですが、正直その活躍が今でも信じられないというのもファンとしてはちょっとあります。でも、ワグネリアンは苦境の時期からずっと支えてくれた友道厩舎の管理馬であり、10年以上の苦労がその裏にあるんだと思うと、やはりこれもまたユーイチらしい結末だったなと今では思います。当時はそんなの全部関係ないくらいただただ嬉しかったし、同時に信じられないという想いの方が強かったです。

 

 

5.コントレイルと駆け抜けた軌跡

そんな覚醒ユーイチとでもいうべき新たなステージに入ったユーイチが出会った二頭目のダービー馬にして、無敗の三冠馬がコントレイルです。矢作厩舎とユーイチと言えばやはりリアルスティールで、ダービーを勝てなかっただけでなく、ドバイターフでG1を勝った時も鞍上にいたのは世界の名手ライアン・ムーアでした。

実際東スポ杯でコントレイルの鞍上にいたのもムーアでした。ただ、この時のムーア騎乗がむしろいい方にでたというのが覚醒したユーイチにとって僥倖だったよな気がします。この東スポ杯でユーイチがコントレイルに乗っていない理由は二つ。直接的には騎乗停止を食らっていて乗りたくても乗れなかったこと。もう一つは、この時ユーイチにはもう一頭のお手馬ラインベック(アカイトリノムスメの全兄)がいて、そちらが先約だったことがあげられます。

後者に関しては実際にユーイチが騎乗停止でなければコントレイルの方を選んでいた可能性もありますが、これまでのユーイチのスタイルを考えるとラインベックの方にのっていたのではないかとも思えます。なので、騎乗停止で選択する必要がなかったこと、その上で矢作先生、前田オーナーが短期免許のムーアを載せた上で次のレースからはユーイチに戻すことを決断したことが本当に大きかった。

特に前田オーナーの心意気、「ユーイチ、一緒にダービーを獲るぞ」という想い。人間関係を重視し、馬を育てることに定評があったユーイチの人柄と、オーナーブリーダーとして前田オーナーの懐の広さ。この二つが合わさったのはコントレイル以前から積み重ねてきた歴史があってこそでしょう。

 

この後のコントレイルの活躍についてはみなさんご存じの通りです。スタートから出て行かなかったのに3コーナーから圧倒的なまくりをみせた皐月賞、何の不安もなく直線突き抜けたダービー、適正外にも関わらず最後まで抜かせなかった菊花賞。三冠はどのレースも全く違う側面をみせての勝利であり、こうした多様な強さをみせて全部勝つということが三冠馬という存在の特別さであり、強さなのです。得意な条件でだけ勝てる馬では三冠馬にはなれない、世代レベル云云以上に圧倒的なスケールの大きさがなければなれないのが三冠馬なのです。

そんな三冠馬の鞍上に25年間ずっと見てきたユーイチの姿があった。しかも、もうワグネリアンの時の涙もないし、もちろん若い頃の慌てふためき自滅する姿もない。コントレイル関係のインタビューがずっとそうでしたが、非常に楽しそうで、ずっとワクワクしているユーイチの姿がコントレイル関係ではずっとみられました。


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少しだけ血統の話をしておきましょう。コントレイルの母ロードクロサイトは現代アメリカ競馬の粋を極めたような配合の馬です。

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父は北米リーディングサイアーにも複数回輝いている名種牡馬Unbridled's Song。母父は北米に根付く異系マッチェム系の最新系にして史上初のBCクラシック連覇のTiznow、そして母母父はディープとのニックスでもおなじみのStorm Cat

この時点で北米屈指の良血がずらりと並んでいますが、更に凄いのが3代母のJeano。この馬はFappiano×バジー(母父In Reality)ですが、この配合がUnbridled's Songの父Unbridledと似たような血統構成をしています(ニアリークロス)。Unbridled、そしてその父Fappianoというのは現代北米でも最強クラスの快速血統であり、その北米最強のスピードの血を突き詰めた配合をしているのがJeanoであり、コントレイルの母ロードクロサイトなのです。もっといえば、Jeanoの牝系は溯ると歴史的名牝La Troienneにたどり着くという由緒正しき牝系です。

グランアレグリアもそうですが、コントレイルも現代アメリカ競馬においても最高峰の血統の母にディープインパクトを掛け合わせて生まれた馬であり、北米競馬と欧州競馬の結節点である現代日本競馬ならではの最高傑作とも言うべき配合で、父ディープインパクト(北米2冠馬サンデーサイレンス×英国王室所縁のウインドインハーヘア)同様に配合的にも日本競馬の至宝とも言うべき馬なのです。

 

そんな馬ですが、一筋縄できた馬ではありませんでした。1歳秋~2歳春まで脚元の不安でまともに調教ができず、デビュー後も常に脚元をケアしながらの調教を続けていました。血統的には北米の血が強いので早熟気味の配合ですが、馬の成長の度合いは決してそうではなく、むしろ晩成気味といっても過言ではないくらい大事に大事に育てられてきた馬です。また、母方の血統は2000メートルまでが主流のアメリカのスピード競馬に特化した血統であり、必ずしも2400メートルや3000メートルのレースに向いているわけでもありません(アメリカのダート競馬は長くても2000メートルまで)

そんな北米的スピードの絶対能力を突き詰めた配合のコントレイルは、頭の良さと運動神経の良さを武器に、毎回毎回レースの距離にあった調教をほどこすことでなんとか適応して3冠レースを駆け抜けきました。古馬になって、少しずつ馬体が完成に近づき、調教時計も縮めてきましたが、それは逆にいえば体は母譲りのスピードが強化され適正距離が短くなっていくことを意味します。そんな中で、雨の影響が大きかった大阪杯、直前の雨で重さの残った天皇賞秋と敗れてしまいました。


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ただ、実際のレースをみていれば分かるのですが、コントレイルはずっと真面目に、最後までしっかり走っています。どちらのレースも脚自体は最後あがっているのですが、馬がレースを辞めるというそぶりは見せていませんでした。大阪杯はかなりの特殊馬場なので置いておくとしても、天皇賞秋については勝ったエフフォーリアが途轍もなく強かっただけで、コントレイルも十分に力を出していました。なので、普通なら負けても強かったで済むレースなのです。ただ、あまりにも期待が高まりすぎる無敗の三冠馬だっただけで......

今回のジャパンカップでコントレイルに、そして陣営にかかるプレッシャーは想像に絶します。レース後・引退式でのインタビューが全てを物語っています。これまでずっと楽しそうにコントレイルについて語ってきたユーイチが、あんなにも感情を表にだして「コントレイルは凄い馬なんです」と精一杯の伝える姿に、見ている方も涙が止まりませんでした。


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ワグネリアンのダービーを経て、騎乗技術も馬を育てる力も一つ上に行った感があったユーイチが、矢作厩舎・ノースヒルズのスタッフと一丸となってこの2年半つぎ込んできた全てが爆発した直線の末脚。ゴール直前に頭を下げ、何かを確かめるかのように首を振ったユーイチの姿。エピファのダービーで頭を下げた時とは全く違った感情だと思いますが、あの時と同じ様に凄まじ感情の渦がユーイチの中に去来したのではないでしょうか......僕はVTRを何度見返してもまだ完全には感情を処理できていません。

でも、確かなことは、ユーイチがスタッフと一緒にこんな歴史的な名馬を育て、乗り、ビックタイトルを獲得したこと。そしてこのレースを最後に引退していくこと。


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コントレイルたどってきた軌跡は、福永祐一というジョッキーがたどってきた軌跡と被ります。天才の息子として生まれ、期待され、でも本当は努力の人で、多くの人の支えがあって初めてここまでの結果を残す事ができた。そして、そうした関係性の中で成果を残せたことを誰よりも喜び、インタビューでもそれを隠さずに話す。

福永祐一というジョッキーは日本競馬史の中で天才と言われるジョッキー、例えば父洋一や武豊に比べると技術や発想では劣るだろうし、他の誰にも真似できない特別な騎乗はできないかもしれません。でも、コントレイルという馬は、多分福永祐一が矢作厩舎やノースヒルズと一緒でなければここまでドラマチックな馬にならなかったと思いますし、同時にそれはユーイチの25年のジョッキー人生がなければ実現しなかったと思います。

そんなユーイチの姿を25年間、ファンとしてずっと見守って来れたことが何よりも幸せです。わぁドレ血統研究所でもたまに「血統は好きだし、血統通りにレースが決まるのはもちろん嬉しいんだけど、そんなの関係なくスケールの大きな馬がスケールの大きな勝利をみせて欲しい」といっていますが、コントレイルと福永祐一はまさに血統を超える様な勝利をみせてくれたと思います。

ここに書いてきた文章は、あくまで1人の競馬ファン・ユーイチファンの視点でみたコントレイルと福永祐一の姿です。競馬の醍醐味は、馬とジョッキーや調教師・スタッフ、そして競馬ファンの数だけ物語を紡ぐことが出来ることだと思います。

またこんな素敵な物語を紡ぐことのできる馬、ジョッキーと巡り会いたいですし、コントレイルならきっとそんな凄い産駒を出してくれると信じています。そして出来るならその鞍上、もしくは調教師としてユーイチの姿があればいいなと思います。

 

本当にありがとう、ユーイチ。ずっとファンでいてよかった。お疲れ様、コントレイル。産駒に出資出来るのを楽しみに待ってる。

ニコマス競馬部POG2021/22における指名戦略について

やっぱり毎秒ドラフト会議やりたいな(挨拶)

 

先週末の土曜日(2021/5/29)にごまP主催のニコマス競馬部POG2021/22のドラフト会議が行われ、今年も参加してきました。詳しい様子は動画を見てほしいのですが、計4時間、1人16頭ずつ×5人の80頭を選ぶとてもとても楽しい時間でした。

 


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参加者の指名馬は上のグラフの通りになったのですが、このブログではどのような戦略に基づいてこの指名をしたのか、簡単に解説したいと思います。ちなみに、血統を中心とした指名馬+指名したかった馬の解説については今晩開催する生配信とGoogleスライドをご覧下さい。

 

1.指名方針について

去年のPOGではあまりにも字面上の血統・配合、それから思い入れを重視過ぎた結果、指名馬がなかなかデビューしなくてやきもきしたり、牝馬と特殊枠はさすがにやり過ぎて全2勝しかできなかったとか、反省せざるをえない結果になってしまいました。

牡馬も指名後に様々なアクシデントに見舞われてあまり数を使えない運の悪さがある中で5頭中4頭が最終的にはオープン入りしたものの、最終的にはマイラーばかりになってしまったのは全体のバランスとしては微妙だったかなという感じでした。

 

その反省を踏まえて今年の指名では、牡牝10頭については以下の方針を立てました

①あくまでも自分らしく血統・配合面で最初のフィルターにかける

②その上で馬体重と厩舎で引っかかる馬は指名回避する

③全体の距離・レース選択のバランスを考える

 

①のフィルターでいくら評判がよくても血統・配合的におもしろみを感じない場合は回避することでまず自分の色を出しながら、②の厩舎と馬体重で事前の情報が少なくても地雷を踏む確率を下げることを狙いました。特に馬体重についてはアルビレオPを参考にさせてもらいましたが、配合は完璧なのに馬体重と厩舎で全く走らなかった去年のロジネイア指名の苦い記憶が何よりも効きました。

その上で、③については

 ・牡馬:2歳冬~3歳春クラシック路線×2、2歳夏マイラー路線×2、ロマン枠×1

 ・牝馬:2歳夏マイラー路線×4、3歳春オークス路線×1

位のバランスで指名したいなと思っていました。

特殊枠の6頭についてはより自由に配合的にピンと来た馬を指名する方針にしましたが、それでも厩舎選びだけは厳格にしようと思いました。特に栗東の有力厩舎(友道、矢作、藤原、斉藤崇、池江)を中心に選ぼうというのを最重視した感じです。

 

 

2.上位指名の方針について

指名候補馬については3つの方針に従って当日は大体100頭くらいに絞りました。多分、他の人に比べると独自路線の馬が多いと思ったので100頭もいれば大丈夫だろうという感じで、その中から特に指名したい馬を30頭くらいピックアップしていました。

 

上位で消えることが予想された馬の中では

 ・絶対に指名する:キトゥンズクイーン、レッドファンタジア、スキア

 ・出来れば指名したい:イスパニダ、ゴーイントゥザウインド、アドマイヤミヤビ

 ・指名出来ればラッキー:カラライナ

といった感じで優先度を付けていました。

 

この優先度に基づいて一番理想的に取れる場合には以下の通り。

 牡馬1位イスパニダ、牝馬1位アドマイヤミヤビ、非社台キトゥンズクイーン

 牡馬2位レッドファンタジア、牝馬2位カラライナ

 牝馬3位スキア、牝馬4位ゴーイントゥザウインド

まあ、キトゥンズクイーンは外れ1位で消える可能性がかなり高いのでさすがにこれは無理だろうなと思ってましたが、事前のPOGLVでまさかのスキア上位指名があり、さらにごまPが反応をしていたのをみて、スキアを後の回すのが怖くなってきたという感じで当日に臨むことに。

 

その結果として、

 牡馬1位イスパニダ、牝馬1位スキア

 牡馬2位レッドファンタジア、牝馬3位ゴーイントゥザウインド

までは確保できたものの、カラライナとアドマイヤミヤビが牝馬1位と牝馬外れ1位で取られることに。ウェーバー順を考えるとスキアは2位に回しても大丈夫だっただろうし、アドマイヤミヤビは1位で取れたなと反省したのですが、それ以上にスキアがなんとしても欲しかったのが上回りました。牡牝で一番欲しかった2頭が取れたので最低限といった感じですね。

結果的に牝馬2位が空くことになったわけですが、カナロア枠+早期デビューのマイラー枠ということで本来は4位あたりで予定していたフォーエバーモアを取りました。こうなると牝馬1,2位は来週・再来週デビューと言うことになったので、開始から2週間で今年の結果のかなりの部分が左右されることになって怖いですね。どっちも強力なライバル(ラスクバラディー、ハイアムズビーチ)がいるし...

 

 

3.下位指名・特殊枠について

上位指名である程度の人気馬・大物候補を取れたので、下位指名、特殊枠では3つの縛りを儲けつつ、好き勝手配合的に好きな馬をとってやろうと考えました。まさか、イスパニダが残っているとは思ってなかったので、牡馬3位あたりで取ろうかなと一瞬頭をよぎりましたが、それよりも自分らしさを優先することに。

各馬の詳しい血統については上の生配信・スライドを見て欲しいのですが、個人的にはトゥリフォーは今年の2歳馬の中で最も心が惹かれた配合でした。母父フランケルは何としても欲しい。しかも、夏頃にはデビュー出来ると言うことなので、堀先生にお任せしたいなと。後、モトカノテソーロは名前の面白さ以上に、イスラボニータの配合としては理想系の一つじゃないかなと思っています。

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ウマ娘枠は、事前にやったウマ娘POGの告知生の影響で他人の候補を見てしまった結果、本命に帰ってきてレーヌドブリエにしました。迷うなら一番いいと思った馬を選べという方針ですね。ただ、厩舎を考えると矢作厩舎が取れてなかったので、メジロマリアンにした方が良かったかなと反省しましたが...

後は、今年は全体的に斉藤崇厩舎を全面的に信頼したいという感じでした。今年の出資馬のアンティフォナ(ラウダシオン、ローウェルの妹)が斉藤厩舎に入ることもあって、更に応援したい気持ちが強くなり、Acient Artとシンハリーズの2頭を指名。今栗東手で一番熱い厩舎に頑張ってもらいたいところです。

 

 

まとめ

以上、簡単に今年の指名方針についてまとめて見ました。一頭一頭の狙いについてはスライドや生配信を見てもらうとして、総合的には80点くらいのドラフトは出来てたかなと思います。上位の3頭(キトゥンズクイーン、スキア、レッドファンタジア)でポイントを稼いで、それ意外はみんな頑張って少しずつポイントを稼いでもらえればいいやという。

やっぱりドラフトは自分の競馬感をぶつけていくスタイルになってしまうというか、勝てないチームの戦略って感じなんですが、毎年勝つよりも、たまに勝てればいい、それよりも本当は自分に所縁のあったり好きな配合の馬を指名出来ずにクラシックを勝たれるのが悔しいという感じになってしまいましたね。本当はゲームとしては良くないと思いつつも、競馬を長く楽しむためにはこれくらい力を抜いてやるのがいいのかなと思っています。

いよいよ今週末からは新馬戦が始まりますし、来月にはディープ・キンカメが(ほぼ)いないセレクトセール一口馬主の募集も始まります。競馬界の新たな一年をみんなで楽しみましょう。

 

 

 

 

 

 

今年もウマ娘POGやるよ【レスター伯のウマ娘POG2021/22開催通知】

みんな自分のリストを放出したくてウズウズしてるんじゃないかい(挨拶)

 

ウマ娘ブームがPOGブームにまで飛び火している今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか。ウマ娘から始めた競馬初心者たちが次々とPOGを初め、POGツアー、POGライブビューイングまで開催されるなど、僕の周りではPOGがめちゃくちゃ盛り上がっています。

さすがにアフター6ジャンクションで取り上げれたり、某声優に補足されてるんじゃないかみたいなところまでくるとは想定もしていませんでしたが...

 

 

 

僕も先日ウマ娘配合の選び方講座を行ったわけですが、その中で宣言したとおり、今年もウマ娘POGを開催しようと思います。こちらはリスト提出制のかなりゆるーいレギュレーションとなっていますので気軽に参加ください。

 

ルールは以下の通り

・日程は2021/6/3~2022年日本ダービーの日まで

・1人5頭、牡牝の区別無し。収得賞金の合計で勝負。地方交流戦も含む

・指名馬はリスト提出方式。他人との被りあり。(抽選やウェーバーなどはなし)

・応募〆切は6月一杯

・登録・集計はPOGスタリオンを利用。参加者は以下のURLから各自指名馬を5頭ずつ登録してください(要アカウント作成)

 

ウマ娘POG2021/22(レスター伯)

http://pogstarion.com/groupuserlist.do?group_num=0526083819


 

・指名出来るのはウマ娘関連血統馬のみ:関連血統馬の定義は以下の通り

 基本的にはニコマス競馬部POGウマ娘枠に準拠し、去年より縛りを緩くしました。

 

① 父系(血統表の上半分)、母系(血統表の下半分)に各1頭ずつウマ娘のモデル馬がいる

ウマ娘モデル馬の牝系である(血統表の一番下のライン)

*①、②のいずれかの条件を満たしている馬が指名可能

 

ウマ娘該当馬は以下のURLを参照

 

 

文字だけではよく分からんって人は、5/26日21時から生配信を併せてご参考ください。

 

主に今年のPOG参加者、特にウマ娘枠を設けているPOGの参加者がターゲットで、折角一杯選んだウマ娘枠の2歳馬のリストがあるんなら、その中から実際に指名出来なかった馬を5頭上げてもらおうっていう趣旨です。リスト制で被りもOK、経過もゆるゆる見ていく程度で他のPOGのおまけ程度で参加してもらえたら嬉しいです。

もちろんそれ以外にやる気がある方がいれば大歓迎です。

 

ちなみに去年のウマ娘POGは縛りが去年より厳しかったため(ウマ娘モデル3頭以上)、活躍馬がそこまで多くなかったですが、それでも参加者の指名馬からピクシーナイト、ホウオウイクセルと2頭の重賞馬が出ました。今年のルールならそれ以上の結果、ワンチャンG1もあるのでは...

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そして5月29日(土)22時からは、ほんちゃんのPOGニコマス競馬部POG2021-22のドラフト会議も行われるので併せてよろしくお願いします。今年も色々と考えたけど、厩舎をよく考えつつも配合重視の独自路線で行きたいと思います。

 

一年間トレーニング続けたら15キロ痩せた上で人生の趣味としてボディメイクにハマったーマッスルグリルのすすめー

 最近一生続けられる趣味の重要性が改めて分かってきた(挨拶)

 

 すっかりご無沙汰です。年明けから昨年度の終わりに駆けて色々とバタバタしてメンタル的にも落ち気味でブログもYoutubeもサボってしまっていました。最近はめっきりウマ娘にどはまりしつつ、競馬初心者を沼に道ズレにするおじさんとしてTwitterで活動したり、競馬配信のゲストで出たりしてました。

 ウマ娘は本当に競馬ファンも、競馬初心者もどっちの心もわしづかみに出来る、競馬の魅力・本質を抑えたよく出来たゲームですね。

 


 前置きの近況報告はこれくらいにしておいて、今日の本題はダイエット、というかボディメイクです。今日Apple Watchから「1日のムーブゴール達成の連続記録を更新しました:366日間です!」って通知が来たんですね。つまり、去年トレーニングを本格開始してから約1年間継続したことになりました。

 去年の6月にこのブログでもダイエットに関する記事を書きましたし、Youtubeでも離しましたが、それから更に9ヶ月間でトレーニング方法も大分変化して、成果も着実に出てきています。ちょうど一年という区切りのいいところで改めて記録として残しておきたいと思います。

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1.トレーニング・食事改善のスタート期(0-3ヶ月)

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 最初の3ヶ月についての詳細については上記の過去記事やYoutube配信を参照してもらえれば思いますが、最初の三ヶ月はトレーニングと言うよりは生活習慣の改善という側面が強いです。

 簡単に要点だけをまとめると以下の二点だけです。

 

 ①食事の量・質を変える:炭水化物(白飯)を半分に減らし、油物を極力食べない

 ②散歩やエアロバイクなど有酸素運動を毎日一定量やる(大体日に1時間×2)

 

 大体他人に説明すると、「この2つが難しいんだよ」ってなるんですが、まあその通りですね。僕の場合も去年の今頃は「休職中+コロナ」という環境要因がなければやるきっかけが無かったと思います。

 また、今の知識から考えるとこの時期にやっていたことは間違っていることも多いのですが、同時に最初にこれが無ければその後も無かったという意味では重要な一歩目だったと思います。今思うと間違いも多かったですが、

 

 ①やることをやれば効果はちゃんと現れる(成果の可視化とやりがいの実感)

 ②体重が減ったので体は軽くなり次のステップのトレーニングに進む準備が整う

 

 という基盤が作れたことが重要でした。

 

 

 2.ジム通い(筋トレ)によってダイエットからトレーニングへ(4-6ヶ月)

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 僕の場合、ジム通いのきっかけは、梅雨頃に雨で散歩するのが難しい日が続き、外の散歩の代わりにウォーキングマシンを使いたいと思ったことでした。つまり筋トレよりも有酸素を求めてジムに行き始めた訳ですが、折角ジムに行くならマシーントレーニングもしないともったいないだろうと思い、副次的に筋トレを始めました。

 この頃から、少しずつネット上のダイエットに関する記事をあさり始めて、「筋トレをして基礎代謝を上げること」の重要性ということを知ります。最初の3ヶ月に僕がやったことは「摂取カロリー<消費カロリー」というダイエットにおける最もシンプルで最も重要な法則には叶っていましたが、同時に「体重と同時に筋力も落ちる」という状況にも繋がっていました。

 基礎代謝は基本的に筋肉量に比例し、基礎代謝は運動しなくても日々消化されるカロリーの基本値なので、凄くリバウンドしやすい状態になっていた訳です。

 

 実際にマシントレーニングを始めた当初は、30キロくらいのウエイトでも厳しい状態で、筋力かなり落ちてるなと感じました。そこから3ヶ月くらいトレーニングを続けつつ、摂取カロリーを増やしていくことで体重はキープしつつ筋肉も付いてきました(3ヶ月で30キロ→50キロくらいが上がる様に)

  ちなみに僕が通っているジムは24時間営業でおなじみのANYTIME FITNESSで、トレーナーからの指導とかはほぼないですが、値段が安くいつでも好きな時に通うことが出来るという利点があります。有酸素中心という当初の目的を考えると非常に合っていたのですが、もちろんデメリットもあって、それが出たのが次の3ヶ月でした。

 

 

3.停滞期と試行錯誤(7−9ヶ月)

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 ジム通いを初めて3ヶ月ほどすると体も大分仕上がってきた一方で、体重もマシンのウエイトも徐々に停滞して来ました。自由放任のANYTIMEで好き勝手にやってるだけなので一定程度の効果はでても、天井が迫ってきた訳です。

 

 この停滞期を今振り返ると、主に2つの問題点があったような気がします。

 

 ①目に見える筋トレの効果が減ってきて飽き気味になり、結果ウォーキング偏重に

 ②食事もタンパク質偏重で炭水化物を出来る限り取らない

 

 ①に関しては一番凄い11月の記録を見ると、月に500キロ程度(多い日は一日20キロ超)歩いてました。特に額面上の体重が増えたなと思った日ほど歩く距離が増えていた気がします。②については鶏胸肉と野菜くってればええやろということで、そればっかり食べてた気がします。

 今思うと初心者がやらかしがちな典型的な間違いばかりだなと思います。ただ、それでも3ヶ月間停滞しつつもトレーニングを辞めなかったのは重要で、この3ヶ月でトレーニングがやらないとモヤモヤする習慣として完全に定着したのはよかったですね。

 

 

4.マッスルグリルとの出会いとボディメイクへ(10−12ヶ月)

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 この停滞期を抜けるきっかけになったのは正月の実家への帰省でした。帰省中はジムにも通えないし、家で出てくる食事を取るので炭水化物も適度に取ることになった(+おもちとかお菓子とかの間食もそれなりに取ってた)のですが、この期間で2キロ程度やせたんですね。絶対太るやろと思ってたのでかなり意外でした。

 この時なんで痩せたんだろうと思いつつ、Youtubeをさまよっている時に出会ったのが「マッスルグリル」でした。


 

 

 

 元々は停滞感のあったトレーニング方法を改善するために筋トレ動画を探してて出会ったのですが、マッスルグリルの2人(シャイニー薊とスマイル井上)のトークが面白くてHow to動画としてじゃなくて、普通にトーク動画としてみちゃったんですね。

 そんなマッスルグリルのメインコンテンツは筋トレというよりも、料理・食事です。マッスルグリルで一番伸びている動画と言えば今やダイエット業界でも話題になっているダイエット食「沼」で、この「沼」は小林銅蟲ブログなどでも取り上げられたことがあってなんとなく記憶の片隅にあったのですが、これが本家かと繋がったんですね。

 

 そして、料理動画(シャイニー薊は服部調理学校の卒業生)として楽しんでいる中で、シャイニー薊が語るボディメイクにおける栄養バランスの重要性が非常に勉強になりました。簡単に言えば、

 

 ①摂取カロリー<消費カロリーが基本(既知)

 ②筋肉を付けて基礎代謝をあげることは重要(これも既知)

 ③PFCバランスが取れていないと①・②が額面上出来ていてもダメ

 

 もちろん刺さったのは③です。ここでいうPFCバランスとは「タンパク質(P)、脂質(F)、炭水化物(C)」のバランスが4:2:4程度になっていなければダメと言うことです。理想的にはそうなんだろうなとぼんやりと思ってはいたものの、実践出来ていなかったことをかなりの説得力で説明されていました。

 特に重要なのが炭水化物(C)で、運動したときにガソリンになる炭水化物を適度に取っておかないと、タンパク質をとっても効果が十分に出ない(ガソリンである炭水化物が足りない分、筋肉を燃やしてエネルギーにしてしまう)という事です。これもよく考えると分かる事ですが、実際にトレーニングしているときは無視しがちです。僕の場合には実家に規制している間は、自然と4:2:4のバランスで食事が取れていた訳で、それが停滞期に足りなかったものだと実感しました。

 

 PFCバランスを考えて炭水化物をどう取るかと考えた時に、さすがに「沼」をそのままやるのは大変なので、自分なりに原理を咀嚼して、低温調理器を買って鶏胸肉をハムっぽく作るようにしつつ、その時にでる汁を使いって炊き込みご飯を作って昼のお弁当として持って行くことにしました。これが結構効果があって、肉体的にも脳的にも活動エネルギーを担保しつつ、PFCバランスの取れた食事が出来る様になりました。

 後、晩ご飯には根菜中心のスープを作りつつ、炭水化物としてオートミールを導入。僕はオートミールの味が割と好きなので、食物繊維多めかつ炭水化物も適度に取れる晩飯も可能になりました。

 併せてトレーニング時にプロテイン自体は飲みたくない(そこまで筋肉をデカくしたいわけじゃない)と避けていたのですが、比較的速く燃えてくれるタンパク質としてBCAAを導入しました。特に下記のマンゴー味は単純に味が美味しくて、今では欠かせない飲み物になっています。

 低温調理鶏ハムの炊き込みご飯+根菜スープ with オートミール+BCAAの三種の神器でPFCバランスを保ちつつ、量を食べても体重はキープ(むしろ減少)出来る様になりました。

 

 

 それと同時に、トレーニング自体も少し変えました。実家にいる間はマシントレーニングが出来ない分、散歩と併せて自重の体幹レーニング(腹筋と腕立て)をしてたのですが、それが結果的によかったと思います。

 有酸素運動(散歩やエアロバイク)は額面上の時間あたりの消費カロリーは筋トレよりも大きくなります。特にこの一年間、ずっとApple Watchの消費カロリーを目安に生活をして来た僕としては可視化されにくい基礎代謝よりも、常時可視化されている瞬間的な消費カロリーを重視しちゃいがちだった訳です。

 停滞期はついついApple Watchの数値ばかりが気になってしまっていたので、ウォーキング偏重でした。ウォーキング自体が楽しかったというのと同時に、出来るだけ多く歩いて額面上の消費カロリーの数字を増やすんだ、もっと効果が出るまで増やすんだという数字の奴隷になっていたような気がします。

 

 それに対して帰省中に痩せていたことで気付かされたことは、結局最後に帰ってくるのは体幹だ、自重トレーニングは何だかんだバカに出来ないなという事です。そんな感じで、実家から自宅に戻ってすぐ腹筋ローラーとプッシュアップバーを買うことで自重トレーニングの強度を上げることにしました。

 腹筋ローラーは一年近くジムでトレーニングした後でも最初は立ったままだと一回も出来ないくらいキツイかったですが、続けていると段々出来る様になるもので、今では毎日5×4セットをこなしています。そうすると腹が割れてきて、今ではうっすらと6パックが見えてきました。シャイニーも言っていますが、腹筋ローラーはどんなトレーニングよりもキツイし、効果があると思います。

 こうした炭水化物中心の食事改善と自重体幹レーニングの強度を上げた結果として、停滞期(70キロ前後)を抜けて現在は67−68キロ前後で安定してきています。

SINTEX(シンテックス) エクササイズウィル STT021 腹筋ローラー

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  • 発売日: 2005/09/12
  • メディア: スポーツ用品
 

 

 

5.まとめ:ボディメイクという新たな人生の趣味 

 マッスルグリルの中でシャイニーは繰り返し「ダイエットやボディメイクには個人個人にあった方法がある」と言っていますが、同時にちゃんとした理論も重要だといいます。僕も厳密に勉強しているわけではありませんが、停滞期も含めた1年間の経験で自分に合った方法を模索してきたことと、マッスルグリルで教わった「キホンのキ」としてのPFCバランスの理論が合わさることで更に効果が出るようになりました。

 もちろんまだまだ改善出来るところはあると思いますが、それでも15キロ減を達成しただけでなく、マシンウェイトも70キロ近くあがるようになり、健康診断の数値は大幅に改善しました。こうした経験の蓄積と理論が合わさることで実感を伴って効果が出るのは非常に楽しいです。

 小林銅蟲先生も『やせましょう』の最後で、強制されるダイエットではなく、ボディメイクという趣味のカテゴリに入れてしまうのが個人的には合ってる言っていましたが、僕も全く同じ感覚です。

 ウマ娘、というか競馬もそうですが、長い人生をかけて付き合って楽しめる趣味を増やすことは本当に重要だと思います。このあたり、特にマッスルグリルの面白さについてはまた配信枠をとってしゃべれたらいいな...(サボるな)

  

【2020/9/17 21時〜】フットボール史講座第3回 プロ・フットボーラーの歴史 選手の苦悩と闘争【配信予告】

一気に涼しくなりすぎですね...(挨拶)

 

すっかり秋になってきてヨーロッパのプロ・フットボールも開幕を迎えましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今週木曜日9月17日21時からフットボール史講義第3回を配信します。

 


【フットボール史講義 第3回】プロ・フットボーラーの歴史 前編:選手の苦悩と闘争+プロの歴史的変遷【英国貴族Vtuberの歴史講座】

 

今回は前回の続きで、世界初のプロ・スポーツ・リーグとして成立したイングランドフットボール・リーグのシステムの功罪の罪の部分、選手の苦悩と闘争について19-20世紀転換期について語る前編をお送りします。20世紀初頭の段階でプロ・スポーツの労働争議が起こっていたということを中心に、スポーツという産業の特徴について解き明かして行きたいと思います。

 

それと併せて、プロ・フットボーラーについて理解するためにも、そもそも「プロ(Professional)」という概念・存在が歴史的にどのように変遷してきたのかについても歴史的試論を話せたらと思います。この試論の最先端は現代のesportやVtuberなどにも繋がっている話だと思います。産業・メディア・広告などのキーワードを絡めつつ、新たな産業の出現とその担い手がどのように変化してきたのか長期的なスパンで理解するフレームを提供出来ればと思います。

 

とりあえずフットボール史講義は全5回で完結させれそうなので今回で折り返し。ご視聴いただけると幸いです。

【配信予告】Vtuber語りラジオ第三回 山神カルタ編【9/10 21時~】

いい加減やらんとアカンやろということで、V語りラジオ第三回 山神カルタ編を明日9/10の21時からやります。

 



誕生日配信だったり、新衣装配信だったり、織姫星ラブホ配信だったり、最近割と転機になりそうな配信が続いているので、織姫星一周年で花火が上がる前にやっておこうと。ついでに、カルちゃん周りに形成されるつつある新たなオルタナティブな流れについて、2019年後半デビュー組について振り返りながらまとめて勝たれたらなと思います。

 

 

カルちゃんと言えば脳死話題ジャンプなので、今回は資料は最低限でいっぱい語り尽くすスタイルでいきますね^^

 

earlofleicester.hatenablog.com