咲本編と阿知賀編における主人公の立ち位置の違い―またはストパンとガルパンの違い―
阿知賀編の一挙放送をみてたら二回もツイート規制されたので、咲本編と阿知賀編の違いについて最近考えてたことを簡単にまとめてみます。
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咲本編と阿知賀編の違いは、まず大前提として本編の掲載誌がヤングガンガンで青年向け、阿知賀編の掲載誌がガンガン本誌で少年向けってのがあって、だから、阿知賀編の方がより少年漫画向けの必殺技の応酬になりやすいのに対して、本編の方が若干渋めの心理描写が増えるのはあります。読者層を考えると、麻雀知ってる数がガンガン本誌の方が少なくて、だから派手にならざるを得ないのは仕方ないでしょう。(近麻の漫画にくらべればどちらもほとんど麻雀知らない読者まで想定して描いているのでしょうが)。
*ガンガン系列はここらへんの区別がかなり曖昧(迷走)になってるので掲載誌判断は難しいところですが、阿知賀編の方がより対象年齢層が低めに設定されているのは間違いないでしょう。
それはあくまで大前提なので、今回さわりだけでも描きたいのは、本編の主人公宮永咲(以下咲さん)と阿知賀編の主人公高鴨穏乃(以下穏乃)では、そもそも物語力学上の立ち位置が全く違うということです。特に重要なのが家族と友達の意味であり、その視点から少し考察をしてみたいと思います。
咲さんは基本的には孤独な主人公です。家族の描写はお父さんがちょっとあるだけで、基本的にお姉ちゃんしかないし、そのお姉ちゃんは乗り越えるべき対象として描かれます。本編が始まる前から圧倒的な麻雀の才能をもっているけど、その才能を使うことを疑問に感じてる。和やタコス、部長やまこという最高の仲間と巡り会うことで麻雀を打つ意味を見いだそうとしますが、全国に来てもまた迷ってるのは全国二回戦でプラマイゼロやってることからもみてとれます。
一方で、穏乃は常に友達や家族に恵まれた主人公です。中学時代に孤独になって山籠もりしてますが、その間にも憧や玄との絆が途切れることはなかったし、何より麻雀でインハイにいく目的もかつての親友和と再会して遊ぶためです。
もちろん咲さんにも京ちゃんという古なじみがいて、咲さんを麻雀部に導きますが、京ちゃんは男なので(直接的には)一緒に戦うことは出来ないんですよね。阿知賀編四話にそれを象徴するシーンがあって、コインランドリーで京ちゃんと会話したときに、「私はそんなことのために(遊ぶために)ここにきてるんじゃないから」という台詞がそれです。また、この違いはAブロック準決勝でも同様に表現されていて、「お姉ちゃんに麻雀で再会すること」を目的とする咲さんは会場に入れないのに対して、穏乃は偶然にも和と再会して決勝で再び遊ぶことを約束します。
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この違いは非常に大きいと思います。穏乃は準決勝を前にして和と再会することで、元々持っていた仲間との絆と戦う目的を再確認し、それを強さに変える。さらに併せて、孤独だった時代に身につけた山の神としての能力を発動させることで、咲・穏乃両方にとって最大のライバルになるであろう淡を準決勝の時点で打ち倒します。一方で、咲さんは自らを孤独に追い込んだ麻雀の能力こそ健在なものの、卓の上でも卓の外でも照と再会できないまま決勝を迎えることが現時点では予想され、穏乃と比べた時には片手落ちの状態で決勝大将戦に臨むことになりそうです。
咲という物語は、天才の孤独をテーマにした本編に、(千里山・新道寺を含めて)絆の物語として描かれる阿知賀編の二つの異なる力学がぶつかり合うことでその面白みを一気に加速させてきたわけです。その視点に立った上でここまでの経過をみれば、有効な積み重ねが多い穏乃の方が現時点では物語の力学上の強みを持っているといわざるをえないでしょう。もちろん、本編はまだ準決勝先鋒戦の途中なので、過去の回想を含めて咲さんにも上積みがあるでしょうし、これからが本当の見せ場をむかえるわけですが...
といった感じで、咲は重層的な物語として今後さらにすばらな物語になることが確定的に明らかな訳ですが、同時に、この本編と阿知賀編における二つのテンプレは、女の子主人公のバトル系物語(燃えの文法で萌えを描く物語)を考える上で非常に有効なフレームワークだといえるでしょう。咲はキャラクターが優先されている面は否定できませんが、同時に物語の構造自体もシンプルながら魅力的かつ剛性が高くて、同系統の物語を考える上で応用が利く物だと思います。
そこで、比較材料として語られることの多い、『ストライクウィッチーズ』と『ガールズ&パンツァー』と咲を比較しながら、最近発展のめざましい「燃えの文法で萌えを描く女の子主人公のバトル系物語」について以下では少し考察してみます。
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まず、わかりやすいのは『ガルパン』。『ガルパン』の主人公の西住みほ(以下西住殿)は、誰がみても分かるように咲さん直系の主人公です。戦車道の家元の次女として才能をもって育てられるも、西住流の戦車道には疑問を抱いており戦車道からは距離を置いたところから物語がはじまります。一方でお姉ちゃんのまほは西住流の戦車道を体現する、まさしく高校生戦車道の頂点にたつ象徴であり、この点は照とだだ被りしています。
そして、ガルパンという物語は新たな仲間を得た西住殿が新たに見つけた自分の戦車道で自分のルーツたる戦車道を体現するまほに挑み、それを乗り越えることで自分を確立するとともに、まほというお姉ちゃんと戦車道を通して再び邂逅することがテーマの核心になっています。まさしく、決勝戦でまほを乗り越えた西住殿はインハイ決勝後の咲さんの理想的な姿といえるでしょう。
*西住姉妹についてはコミカライズの『リトルアーミー』を読むとより理解が深まります
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後発のガルパンが咲本編の一歩先を行ってるなと感じるのは、孤独だった西住殿を受け入れる友人の描写の部分です。咲の場合には、和が主にその役割を果たすわけですが、「一度ライバルとして立ちふさがる→戦った後に邂逅」というステップを踏むわけですが、ガルパンの場合、友人と戦車道の二つの面を沙織(+華)と秋山殿(+まこ)に分割することで、咲以上に友人が主人公を受け入れる描写をスムーズに展開しています(ガルパンの場合はこの種の圧縮が非常にうまい)。ここらへんは女の子メインの物語として描くことの利点を活かしており、善し悪しや好みは別にして、比較すると咲はまだまだ従来の少年漫画の文法が色濃く残ってるといえるでしょう。
*ガルパンの構造と咲との比較については以下のUSTでもガッツリ話しているので、併せて参照いただけるとよりわかりやすいかと思います。
http://www.ustream.tv/recorded/31819455
一方で、ストパンの主人公の宮藤芳佳(以下芳佳)は、どちらかというと穏乃系の主人公です。芳佳を考える時に重要なのは、もっさんという上司(同僚)に加えて、死んだ(とされている)お父さんが常に芳佳を導くメンターとして機能している点です。そうした安定したメンターの存在が、仲間を信じる、誰かを助けるという芳佳の強みに繋がっていくあたりは、穏乃に非常に近い物を感じます。
また、目的意識がはっきりしていることも、穏乃と芳佳は似ています。芳佳といえば「歩く命令違反・規則違反」で有名ですが、誰かを助けたい、仲間を助けたいという点では一貫しています。咲さんや西住殿がある意味で「自分を探す」系統の主人公だとすれば、穏乃や芳佳は表面上の立ち振る舞いことは幼い部分が目立つ物の、前二社に比べると精神的に成熟した面が強いといえるでしょう。
芳佳と穏乃を比べると「戦うこと」の意義を見失わない点で若干穏乃の方が強くて、芳佳は時にぶれることもあります。ただ、置かれた環境としては「疑似戦争」である麻雀や戦車道とは違って、芳佳はリアルに「戦争」をしているので四人の中で最も過酷な決断を迫られているにも関わらずぶれないので、最も芯の強い主人公だといえるかもしれません。特に劇場版を見た後だと、その思いが強くなります。
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現時点ではこれ以上は考えがまとまってない部分があるので、いったんまとめておきます。咲・ストパン・ガルパンといった「燃えの文法で萌えをかく女の子主人公のバトル系の物語」のテンプレートを考えたとき、大枠では、
①孤独な主人公が戦う意義と絆を見いだしていく物語(咲本編・ガルパン)
②絆によって守られた主人公が目的を果たすために戦いに挑む物語(咲阿知賀編・ストパン)
に分類できるでしょう。もちろん、この分類が全てではないですし、最新系であるガルパンの場合にはスタートは①だけど、早い段階で②の側面を強化することで(あんこうチームという最高の仲間の獲得と廃校阻止という目的)一クールアニメとして巧みにまとめられており、その点にハイブリッドな進化が感じられます。
その上で改めて咲という物語を眺めると、①である本編と②である阿知賀編という二つの視点から描くことで、よりスケールの大きな物語として展開しており、すでに単体としては完結を迎えた②阿知賀編では、絆の物語としては現時点での一つの到達点を示すことに成功したといえるでしょう。一方で、本編に関してはガルパンのように絆も目的もまだ不透明な部分が大きく不安定です。
この点は後発でありながら先に完結したガルパンと比較すると明らかで、咲さんのお姉ちゃんと再会するという目的と全国優勝という部長の目的が今後どのように交わっていくのか、そして和や優希(タコス)との間にあんこうチームのような絆を築き上げることができるのか(長野決勝でタコスが落ち込んだ時に、控え室で慰めるシーンから咲と和が排除されてるのが象徴的)が注目のポイントとなります。
*逆に言えばその絆の不安定な点が咲本編の持つ魅力に繋がっている訳で、絆として不安定な故に、他の盤石カップリング(阿知賀編の怜竜や哩姫など)とは違った意味で咲和が魅力的な百合関係に繋がってるといえるわけですが。絆という意味では空気でお互いを理解し合える和タコスの方が(iPS細胞の下りも加えて)明らかに強いですし。
一方でガルパンの場合にはさおりんの女子力によってあっさりと絆を手に入れることで、百合的(恋愛的)な魅力は咲よりは弱いと言わざるをえません。個人的にはそれがガルパンSSが咲SSほど盛り上がらなくて、逆にガルパンの世界を体験するという意味で聖地巡礼系の活動や自衛隊DVDに秋山殿がナレーションというリアル系統の二次創作が発展しているといえるのではないでしょうか。
咲とガルパンの二次創作の違いについては今後少し考えてみたいと思っているテーマです。
そして繰り返しになるわけですが、今後②の阿知賀編と交差したときに、どれくらいスケールの大きな物語へと成長するのかが見所になるわけです。咲と穏乃の対決はまさしくイデオロギーの対決であり、テンプレートの対決であり、そしてこの系統の物語の力学を大きく左右する対決になるはずです。
りつべの執筆ペースを考えるとその決着がつくのは何年後かはわかりませんが、咲という物語がきっとすばらな物になることは間違いないでしょう。咲本編の行く末と、他のアニメや二次創作を含めて作劇的な影響力が今後どのような作品に結実するのか、今後も見守っていきたいと思います。
とりあえずは、来週末に配信が始まるアニメ阿知賀編の最終話を座して待ちましょう。
*追記:「継承」というテーマについて
この記事自体が一時間で思いつくままに書いたので、もれが多いのは仕方ないのですが、ブコメでハバネロ君が指摘してくれているように、「継承」というテーマもこの類型を考える上では重要です。
わかりやすいのは②の方で、阿知賀編ではレジェンド赤土晴絵から穏乃や灼ら教え子に「インターハイ準決勝」という目的を、ストパンではもっさんから芳佳(もっと言えば『零』の北郷さんからもっさん)に扶桑の魔女の誇りが、それぞれ継承されることが物語に一本の芯を与える構成になっています。これも、本文中で述べたように主人公にとってメンターの存在が大きくクローズアップされるからこその特徴になります。
一方で①の場合には、本来ならメンターになるべき姉達から「継承」するのではなく、姉とは別の道を見つけるのがテーマになります。つまり直接導くのではなく、乗り越えるべき壁となることを選択しており、本質的には姉を超える孤独な天才の物語としてライバルになるわけです。
後更に追記しておくと、「穏乃は隠れぼっち」という指摘もブコメでありましたが、それには同意する部分もあって、直接的には中学時代に山に籠もってたというのもありますが、穏乃は孤独にも耐えられる強さをもっています。咲さんはその能力故に人を引き離してしまい孤独になってしまった部分があるのに対して、穏乃は周りの状況が穏乃をぼっちにしてしまう一方で、ぼっちでも耐えられる強さを持っているからこそ穏乃のまわりには憧を初めとした仲間達が集ってくるのでしょう。
ただ、レジェンドを引き抜こうとするトシに対して「二度目はキツいかなって...」と独白するシーンもありましたし、芳佳と比べると周りを照らす「太陽」(イメージ的には『空の軌跡』のエステルと近い)とはまた微妙に違っていて、むしろ仲間達との絆や目的を燃料にして自らの中で燃やすことで周りを引っ張るエネルギーを生み出す「エンジン」的な側面が強いかなと思っています。
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