21世紀の『タイムリープ』になれるか? ―『サクラダリセット』のすすめ―
『今年はラノベも積極的に読むぞ』という目標をぶちあげたので、
年始のアキバで色々と買ってみました。
にもかかわらず、正月は風邪でリアル寝正月だったために、
実家にいる間には一冊も読めないまま帰省するはめに。
京都に戻ったら時間がなくなるので新幹線で一冊でも読もうと思い、
手に取ったのが今回紹介する『サクラダリセット』。
しかし、これがまあ、個人的なツボを抑えたいい作品だったのですよ。
そこで、主に僕のような90年代の電撃作品が好きだった人向けに、
『サクラダリセット』の魅力に迫ってみたいなあと思います。
サクラダリセット CAT, GHOST and REVOLUTION SUNDAY (角川スニーカー文庫)
- 作者:河野 裕
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2009/05/30
- メディア: 文庫
1.ほのかに薫りたつ90年代電撃文庫のテイスト
『サクラダリセット』2009年に角川スニーカー文庫より出版が始まったシリーズですが、
文体や挿し絵の使い方などを見ていくと、
そのテイストは個人的には90年代電撃文庫のそれに近い気がします。
高畑京一郎の一連の作品に雰囲気が近いと感じるわけなんですが、
もちろん、これは僕のラノベ体験が90年代に偏ってるところもあるからでしょうが、
製作者サイドがそこを狙って作ってる感じもします。
この狙いは二つの効果があると思ってて、
一つは当然ながら僕のような昔のラノベが好きな層を狙うことですが、
たぶんもっと重要になってくるのは、
狙って作っているという態度を出すが故に違いも明確化される
ということだと思います。
特に一種の時間跳躍能力がカギになる物語という意味で、
もはや古典といってもいいであろう名作『タイムリープ』と比べてみたいなあと思います。
2.リセットされる過去、リセットできない過去
サクラダリセットの舞台となる咲良田においては、
多くの人間が何らかの能力を持っているのが当たり前であり、
その物語が学園を中心とする点では非常にブギーポップに近い部分があります。
その一方で、一番重要なのはヒロインの春埼が使用する「リセット」という能力であり、
その能力はいくつかの条件があるものの、
3日前まで戻ることができる、
つまり巻き戻した3日間をリセットしてやり直すことができるわけです。*1。
しかも、春埼が主人公のケイとともにリセットの能力を使って過去に戻るのは、
その間に起こった事件や事故をなかったことにしてしまうためであり、
まさしく歴史を未来から塗り替えること可能な超越的な能力です。
*追記補足:リセットを使うと普通は記憶もリセット先の時点に戻るのですが、ケイは「記憶保持」の能力を持っているので、記憶を持って過去に戻れる=過去を書き変えることが可能となる。
とはいえ、この能力も万能であるわけでなく、
過去にはリセットのせいで生じた取り返しのつかない事件もあり、
二人は常に十字架を背負った状態でリセットの能力を使い続ける宿命を背負っています。
過去をポジティブに変えたいという願望と、
過去を変えてしまったがゆえにネガティブな現実を引き起こしてしまったという事実。
こうした葛藤を抱えた上でリセットを使うという構図を念頭に置いたうえで、
3.『タイムリープ』と『サクラダリセット』
時間跳躍をテーマとする『サクラダリセット』と『タイムリープ』は、
能力を使えるのはヒロインだが、コントロールしているのは男主人公であるという人物関係、
余計な情報がなければ人間は結局同じ動作を選択してしまう等の時間に関する描写など、
大きな構図から細かな描写まで類似している点はかなり多い。
その一方で、『タイムリープ』が突如能力に目覚め、思考錯誤しながら利用法を模索し、
最終的に問題を解決することで物語が終結する(たぶん能力もなくなる)のに対して、*2
『リセット』は能力を使いこなしているところから物語がはじまり、
問題を解決してもそれはただの通過点に過ぎないという点に大きな違いがあります。
この違いは単発物かシリーズ物かの違いだろうといわれればそれまでなのですが、
ここで強調しておきたいことは、
『サクラダリセット』はリセットを繰り返すことに意義がある物語だということです。
『タイムリープ』が名作である理由は、
その緻密な構成が全く破たんすることなく締めくくられる物語だからであり、
最後のすべてのピースがぴたりとはまりこんで特大のカタルシスを感じる事ができるからでしょう。
しかし、これは一回性の単発の物語だからこそ可能な構成でもあります。
一方で、『サクラダリセット』はそうした特大のカタルシスを志向する物語ではないのだと思います。
リセットによってとある少女を殺してしまったという過去のトラウマを抱えながらも、
ケイはどんな些細なことでも、少しでも過去が良くなるならリセットを躊躇しないし、
春埼はそんなケイをいじらしく思いながらも、ケイの指示に従い能力を行使する。*3
そうした選択を積み重ねることで、二人は少しでも世界を前に進めようとする。
しかも、管理局や学校の奉仕クラブという組織の仕事として。*4
このように過去を繰り返す事は決して生易しい事ではないし、
小川一水の『時砂の王』がそうであるように、
物語としてもハッピーエンドが想像しにくい形式でしょう。
ただ、『サクラダリセット』においてはリセットを繰り返し行うということで、
彼らは失敗をしても過去を繰り返すこそが可能で、*5
そこを突破点にして二人は少しでもやさしい世界を実現しようとするのです。
4.選択する物語
コミケ後の打ち上げの席でお話させていただいたsajikiさんが、*6
「『サクラダリセット』を決断ではなく選択の物語だ」
と言っていたのですがまさにその通りで、*7
もっと言えば選択するという行為を意義づけていく物語が『サクラダリセット』なのです。
その意味で、21世紀の『タイムリープ』と冠したくなるクオリティを持つとともに、
10年代を切り開いていくであろう「選択する物語」としてのオリジナリティを持つ作品だと評価します。
もちろん、前評判通りの技巧の巧みさは本物なので、*8
その点からも古い世代のラノベ読みの人にもぜひ読んでもらいたい。
月刊少年エース2月号からコミック連載も決定しているようですし、
今後更に注目度が上がるであろう『サクラダリセット』、要注目ですよ!
サクラダリセット2 WITCH, PICTURE and RED EYE GIRL (角川スニーカー文庫)
- 作者:河野 裕
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2010/02/27
- メディア: 文庫
サクラダリセット3 MEMORY in CHILDREN (角川スニーカー文庫)
- 作者:河野 裕
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2010/08/31
- メディア: 文庫
サクラダリセット4 GOODBYE is not EASY WORD to SAY (角川スニーカー文庫)
- 作者:河野 裕
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2010/11/30
- メディア: 文庫
*1:ただし、戻れるのは「セーブ」した日時のみであるという制限が付くので、発動は常時可能でも戻れる地点は決まっている
*2:正確にいえば、文庫版についてきた後日談では若松がタイムリープ体験を下敷きに時空間跳躍理論を完成させたということになってはいるが、正確にどうなのかは高畑さんが続きを書いてくれなければ誰もわからない
*3:この点も『タイムリープ』とは対照的で、翔香は和彦を助けるために独自の判断でタイムリープを実行するが(和彦の掌の上だったけれども)、春埼は決してケイの指示なしではリセットは行使しない
*4:前者は咲良田の街の、後者は二人が所属する高校における能力者の監視・統制のための組織
*5:厳密にいえばリセット後24時間はセーブ出来ないので、有限ではあるが
*6:sajikiさんは『BREAK/THROUGH』にもコラムを寄稿されているので、同人誌がお手元にある方は合わせて参照していただけると幸いです
*7:決断はその場で選ぶことが強要され、その決断をひっくり返すことは不可能だが、選択は選択肢をたどった上で、その中から自らの意志で選ぶことが可能という意味。
*8:プロモーション含めて