世界を切り開く人間賛歌 ―Something Orange 『BREAK/THROUGH たとえあなたがエヴァに乗らなくても』のすすめ―
あけましておめでとうございます。
本年度もレスター伯の躁鬱をよろしくお願いします。
年始はゆっくりしようと思っていたのですが、
コミケで購入したSomething Orange(id:kaien)の
『BREAK/THROUGH たとえあなたがエヴァに乗らなくても』
の熱にすっかり当てられてしまったので、
僕の中で想い熟している間に紹介したいと思います。
1.「評論小説」であること
本の構成に関しては、上記のリンクからたどってほしいのですが、
『BREAK/THROUGH』は目次にある作品を中心に論じた評論集です。
しかし、ただの評論集ではありません。
入江―いさぎよくてとても良かった。途中までは「小説にみせかけた書評なのかな?」とか「小説に見せかけた書評に見せかけた小説なのかな?」とかいろいろ疑いましたが。結局は「小説」でしたね。
(127頁、「欠席座談会(嘘)―『BREAK/THROUGH』を語る」より)
『BREAK/THROUGH』はある目的に向かって突き進んでおり、
数多くの作品の紹介・論評を行うと同時に、
その文章を読み続けていくことで著者の海燕さんが表現しようとするもの、
もっといえば、アジテートしようとするものが浮かびあがってきます。
その意味では、情景や心理を描写する代わりに既存の作品を取り上げることで、
一つの物語を作り上げていった、
「評論小説」
とでも言うべき独特の本になっていると思います。*2
だからといって対象作品を読んでいなければ面白くない訳ではありません。
この本の肝は、最終章で取り上げられる『SWAN SONG』ですが、
僕は未プレイ状態で読んでも十分引き込まれました。*3
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2.主観が重なり合うことのカタルシス
通常、書評や評論は一定以上の客観性が求められ、
論理をもって読者を納得させる事が重要になります。
逆に主観が強い場合はいわゆる感想やファンレターになるわけで、
読者は見解に共感することで文章に魅力を感じるわけです。
それが、『BREAK/THROUGH』の場合には、
評論としての客観性が担保された上で、
小説として提示されたテーマが、
海燕さんの主観を通じて読者にこれでもかと伝わってくるのです。
つまり、作品やジャンルという共通基盤(体験)を前提とした上で、
物語としてのダイナミックな展開に乗せて、
血の滴る文章に乗せられた熱い想いが伝わってくるため、
作者の主観と読者の主観が重なった際のカタルシスがヤバい!
例えば新本格読みの僕としては、
第二章(セカイ系・空気系)における「新本格から脱本格」の流れは、
まさに他人の文章とは思えないほど感情移入して読んだので、
もう、言葉にならないほど興奮しました!*4
関連記事:あえて新本格ミステリの歴史的文脈から考察する ―苦悩する探偵物語としての『ミルキィホームズ』のすすめ―
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3.泥臭く世界を切り開く人間賛歌
では、海燕さんによって伝えられるテーマは何かというと、
何のことはない、この上なく強い強度を誇る
「人間賛歌」
に他ならないと僕は思います。
その事が明確になってくるのが山本弘を取り上げた第五章。
わたしは思うのだ。「善」と「悪」が、「正しい部分」と「悪い部分」が区別しようもなく混じり合った混沌、それこそが人間そのものなのではないか。わたしは人間を支持する。それがどれほど愚かしく、汚らしく、醜悪なものに過ぎないとしても、人間と、人間の生を支持する。なぜなら、わたしは人間だからだ。
(52頁「論理と、論理の陥穽―山本弘のSF世界」より)
第五章前半は比較的淡々と説明を積み重ねた上で、
後半部においてはこの文章が示しているように、
人間に対する海燕さんの考え、想いが強烈に付きつけられます。
これ以降、『グイン・サーガ』や『らくえん』、そして『SWAN SONG』という
人生をかけて真摯に向き合ってきたであろう作品を通じて、
どこまでも泥臭くむき出しで、
しかしだからこそ純粋で力強い、
海燕さんの人間賛歌が文章を通じて流れ込んでくるのです。
ここまで辿りついた読者は、
『BREAK/THROUGH』によってしか味わえない、
極上の感情が湧き上がってくるでしょう。
それがどのような形の感情かはわかりませんが、
僕は絶対的に保証します!
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4.花の勲章は君の手に
以上、僕が『BREAK/THROUGH』を読むことで感じた想いです。
第十章の最後で海燕さんは、
『SWAN SONG』の登場人物達に花の勲章を贈り、
終章で少年に「それでもあなたにエヴァに乗りますか?」と問いかけてきます。
もちろん、これらは僕ら読者にも向けられている事でしょう。
海燕さんに対してどのようこたえる事が出来るのか、
そんな宿題を突き付けられた気がするので、
問に答えるためにこの記事を書きましたし、
願わくば、僕の血がこれでもかと通った、
花の勲章をいつの日か贈り返したいと思います。*5
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*1:『神様がいない日曜日』シリーズで昨年デビューされたラノベ作家。海燕さんとの繋がりに関してはこちらの記事が詳しい
*2:実際に序章と終章はエヴァの二次創作風になっているので、その意味でも小説形式を備えています
*3:もちろん知っているほうがより楽しめるのでしょうが、そこはプレー後に再読する事で新たな楽しみが味わえるという、二度目のおいしさが存在すると考えれば問題ありません。
*4:後で海燕さんと直接話をした時にも、「本格ミステリ読み」は最近なかなか出会えないから嬉しいよねえと、実際に二人で感動してましたw
*5:僕が編集に関わった『敷居の部屋の困惑』を敷居さんと一緒に送りましたが、またそれとは別の形で何かの本を書きたいなあという事です。